名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)1281号 判決
原告
永井光治
ほか一名
被告
小島義明
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告永井光治に対し、金四〇〇万円、原告永井千弗子に対し、金三四〇万円及び右各金員に対する昭和六三年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和六三年三月一〇日午前八時一五分頃
(二) 場所 愛知県小牧市大字野口二六四四番地先路上
(三) 被告車両 普通貨物自動車(尾張小牧四四ね二二六一)
(四) 右運転者 被告
(五) 被害者 訴外永井順子(以下、「順子」という。)
(六) 態様 被告は、被告車両を運転して前記場所の交通整理の行われていない交差点へ時速約三五キロメートルの速度で北から南へ進入しようとしたところ、折りから東から西へ同交差点に進入してきた順子の運転する自転車の右側部に被告車両を衝突させた(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
被告は、被告車両の所有者であり、本件事故当時被告車両を自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、原告らに対し、本件事故により生じた後記損害を賠償する責任を負う。
3 損害
(一) 順子は、本件事故により頭蓋骨骨折、急性硬膜下血腫の傷害を負い、昭和六三年三月一〇日から同月二三日までの一四日間、小牧市民病院に入院して治療を受けたが、同月二三日、死亡した。
(二) 順子の死亡により発生した損害は次のとおりである。
(1) 入院治療費 二五万二七二〇円
(2) 入院雑費 一万八二〇〇円
一四日間の入院期間中に支出した雑費は、一日当たり一三〇〇円、合計一万八二〇〇円である。
(三) 付添看護料 七万七〇〇〇円
順子は、一四日間の入院期間中、昼夜の別なく付添看護を必要としたところ、その付添看護料は、一日当たり五五〇〇円、合計七万七〇〇〇円である。
(4) 入院慰謝料 二五万円
(5) 逸失利益 三五二〇万七〇四八円
順子は、本件事故当時満一七歳(高等学校第二学年在学中)の健康な女子であり、本件事故に遭遇しなければ満六七歳まで五〇年間稼働しえた。順子は、大学又は短期大学への進学を希望しており、当時の学業成績からしてその可能性は十分にあつたのであるから、平成元年度賃金センサス短期大学卒女子二〇歳の平均賃金を基礎とし、三〇パーセントの生活費控除及びホフマン方式による中間利息の控除を行つて、死亡時における順子の逸失利益の現価額を算定すれば三五二〇万七〇四八円となる。
(6) 死亡慰謝料 一八〇〇万円
(7) 葬祭費 一〇〇万円
原告永井光治は、順子の葬儀を執り行い、一〇〇万円の支出を余儀なくされた。
(8) 弁護士費用 原告永井光治 二五万円
同永井千弗子 二五万円
(9) 相続
原告両名は、順子の父母であり、他に順子の相続人はいない。
(10) 損害の填補
原告らは、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から計二五一〇万七四〇〇円、被告から入院治療費二五万二七二〇円の各支払を受けた。
4 よつて、原告らは、前記損害合計五五三〇万四九六八円から、填補を受けた二五三六万〇一二〇円を差し引いた二九九四万四八四八円のうち、原告永井光治につき四〇〇万円、原告永井千弗子につき三四〇万円及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和六三年三月一一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の各事実は認める。
2(一) 同3(一)の事実は認める。
(二) 同3(二)のうち、(1)、(9)、(10)及び順子が死亡当時一七歳の女子で高等学校二学年に在学中であつたことは認め、その余は争う。
なお、逸失利益の算定に当たつては、新制高校卒業者の賃金センサスを基礎として算定すべきである。
三 抗弁
1 過失相殺
本件事故現場は、幅員四・七メートルの南北道路と、舗装部分の幅員二・二メートルないし三メートルの東西道路が交差する信号機の設置されていない交差点であり、東西道路には、交差点の手前に一時停止標識が設置され、また、交差点の南西角にはカーブミラーが設置されている。
順子は、本件事故当時、自転車を運転して東西道路を東方から西方に向つて進行していたところ、右一時停止標識を無視して一時停止をせずに交差点を通過しようとして本件事故に遭遇したものであり、順子の一時停止義務違反の過失は大きく、損害賠償の算定に当たつては、過失相殺により少なくとも五割減額されるべきである。
2 損害の填補
本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、順子の入院中、被告から見舞金として一〇万円の支払がなされており、右金員については傷害分の損害より控除されるべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は争う。
2 抗弁2の事実のうち、被告から見舞金として一〇万円の支払がなされたことは認め、その余は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これらを引用する。
理由
一 請求原因1(本件事故の発生)及び2(責任原因)の各事実は当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条に基づき本件事故によつて生じた人的損害を賠償する責任がある。
二 そこで請求原因3(損害)の(一)、(二)(1)ないし(7)について検討する。
1 請求原因3(一)の事実(順子の受傷、入院治療状況、死亡)は、当事者間に争いがない。
2(一) 入院治療費 二五万二七二〇円
当事者間に争いがない。
(二) 入院雑費 一万四〇〇〇円
順子が昭和六三年三月一〇日から同月二三日までの一四日間、入院したことは当事者間に争いがないところ、経験則上、右の期間一日当たり一〇〇〇円、合計一万四〇〇〇円の雑費を要したものと認められる。
(三) 付添看護料 四万九〇〇〇円
原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証、原告永井千弗子本人尋問の結果によれば、順子の入院期間中、近親者の付添看護を要したと認められ、右付添費用については一日当たり三五〇〇円が相当であるから、一四日間で合計四万九〇〇〇円を要したものと認められる。
(四) 逸失利益
順子が、本件事故当時、満一七歳で高等学校第二学年に在学中であつたことは、当事者間に争いがなく、本件事故がなければ、一八歳から稼働可能な六七歳までの四九年間就労して相応の収入を得ることができたものと推認されるところ、その間、少なくとも、昭和六三年賃金センサス第一巻第一表、新高卒一八歳の女子労働者の平均年収額一六六万八〇〇〇円に相当する収入を得ることができなくなつたものというべきである。
なお、原告は、順子が大学又は短期大学への進学を希望していたこと等から、短期大学卒二〇歳の女子労働者の平均年収額を順子の逸失利益算定の基礎とすべき旨主張するが、順子の大学又は短期大学進学を相応の蓋然性あるものとして予測しうるほどの確証は本件においては見出し難く、これを順子の逸失利益算定の基礎とすることはできない。
以上によれば、順子の逸失利益は、一八歳から六七歳までの四九年間を稼働期間として年収一六六万八〇〇〇円を基礎とし、控除すべき生活費の割合は四〇パーセントを相当として算定すべきである。
そして、順子の逸失利益についての中間利息の控除につきホフマン方式によりその現価を求めると二三七六万八五九九円となる。
(五) 慰謝料 一六〇〇万円
本件事故の態様、順子の年齢、家族構成など諸般の事情を考慮すると、順子が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は金一六〇〇万円と認めるのが相当である。
(六) 葬祭費 八〇万円
成立に争いのない乙第九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告永井光治が順子の葬儀費用として約一二〇万円支出したことが認められるが、本件事故と相当因果関係ある損害としては金八〇万円をもつて相当と認める。
三 請求原因3(二)(9)(相続)の事実は当事者間に争いがないから、原告らは、順子の損害を法定相続分に従つて各二分の一宛相続したものというべきである。
四 過失相殺
成立に争いのない乙第一号証の一及び二、乙第三及び第四号証、乙第一〇号証に当事者間に争いのない請求原因1の事実を総合すると、順子が自転車に乗つて走行してきた本件交差点の東側道路は幅員二・二メートルの道路であり、被告車両が走行してきた北側道路の幅員四・七メートルに比較して明らかに狭く、交差点の手前には一時停止の標識が設置されている。また、東側道路から右側(被告車両が走行してきた北側)の見通しは、道路ぎわの生垣に遮られてよくなく、このため本件交差点の南西角にはカーブミラーが設置されている。
右認定のような本件事故現場の状況からすれば、東側道路から本件交差点に進入しようとする自転車運転者としては、交差点の手前で一旦停止し、カーブミラーも利用して左右(特に右)の安全を確認したうえで本件交差点に進入することにより本件のような事故の発生を回避すべき注意義務があつたものといわなければならない。しかるに右証拠によれば、順子は、本件交差点の手前で右側の安全を確認することなく、かなりの速度で交差点に進入してきたものであつて、順子において確実に一時停止をし、かつ右側の安全を確認しておりさえすれば、本件事故に遭遇することもなかつたことが認められるので、本件事故の発生については、被告の交差点安全進行義務違反だけではなく順子の右のような落度も一因をなしているものといわざるをえない。
従つて、損害額の算定については右の落度を斟酌すべく、諸般の事情を考慮して、前記二2(一)ないし(六)の損害額からその四〇パーセントを減額するのが相当である。
五 損害の填補
原告らが、本件事故に係る損害の填補として自賠責保険から二五一〇万七四〇〇円、被告から二五万二七二〇円の各支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
六 原告らの総損害
以上の事実によれば、本件事故による損害は、合計四〇八八万四三一九円であるところ、その四〇パーセントを減額すると二四五三万〇五九一円となる。ところで、前記五のとおり、原告らは、自賠責保険及び被告から合計二五三六万〇一二〇円の支払を受けているので、損害は全て填補済みである。
七 弁護士費用
右のとおり、本件事故による原告らの損害は全て填補済みであつて残損害はないから、損害の存在を前提とする弁護士費用の請求は理由がない。
八 結論
よつて、原告らの本訴各請求は理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 深見玲子)